書評 「ALPS水・海洋排水の12のウソ」烏賀陽弘道 著 2023年11月4日 第1版第一刷 三和書籍
(2)①「国内問題」を「国際問題」に拡大した、について(⑧『ALPS水に放射性物質はトリチウムしか残っていない』との関連にも言及)
本書における用語及び基本的姿勢
海洋排水についての用語:筆者はこの本では、「ALPS水」「海洋排水」という用語を使うと宣言されている。そこでは、政府の用語に関する異常なまでの拘り(「処理水」か「汚染水」)が指摘されている。科学的には、ALPSを「通った」からと言ってすべての核種が問題無いレベルにまで除去されている訳ではなく(⑧と関連)、その意味で「汚染水」で間違いないのだが、やはり筆者が指摘しているように、いまやこの問題は政府にとっては敵味方を区別するための踏み絵として使われており、それに便乗して、「汚染水」と表現する科学者、一般市民を「反日」として弾劾するネット右翼まで現れる酷い現状である。巨大マスコミの一部もこのキャンペーンに加担している。フェイクで市民を騙そうとしているのは本当はどちらなのか?
もう一点本書を評価したい点、はフェイク(偽情報)についてdisinformationとmisinformationを下記のようにきちんと区別されている点である:
Dis information: 意図的に流される(流されない)虚偽(真の)の情報
Mis information: 「うっかり」「事故で」流した虚偽、誤り
特に政府、東京電力によるdisinformationが目に余る現状では、これらを区別して(本書のように)一つずつ指摘し続けることは極めて重要だと考えられる。
また本書は、「筆者がYou tubeで公開した(2023年8月26日、海洋排水が始まった24日から2日目)『ALPS水・海洋排水に関する12の誤りを指摘する』で話した内容を書き起こし、加筆して改稿したもの」だが、この公開時、再生数は三日間で7万6千回、1か月後には17万回を超え、話題騒然になるとともに、嫌がらせのツイートやメールも殺到したとのことである。これらの嫌がらせは、排水開始から10日後の9月4日には、「潮が引くように」無くなったそうで、まさに「組織票」を疑わせるものだと指摘されている。また、理由不明のままツイッター(X)も凍結されたようだ。
まさにこれらのSNS上での反応こそ、上記You tubeもしくは本書の内容が、海洋排水強行のための官製プロパガンダに含まれている多くのウソを暴露しているからではないだろうか?
これらを踏まえた上で、まず「国内問題」から「国際問題」へと拡大されたという論点①について感じたことを書いてみる。
烏賀陽氏自身も「これはウソというより『政策の誤り』」だと言っているが、私の率直な感想は、「事故を起こした時点で既に重大な『国際問題』である」が、事故後10年以上が経ち、事故自体を国内外で「終わったこと」にしようと画策しているときに、どうして自分からわざわざ「国際問題」として蒸し返すのか」というものである。そういう意味で、まさに『政策の誤り』であると思う。
「事故を起こした時点で既に重大な『国際問題』である」ということは、ウソ⑧『ALPS水に放射性物質はトリチウムしか残っていない』との関連で説明すると納得してもらえると思う。「トリチウムしか残っていない、、」というウソについては後述するが、⑧の最後で著者が指摘している極めて重要な事実を忘れてはならない(私自身も現時点では明確に意識していたとは言い難く、改めてその意味を再確認したいと思う)。すなわち、リチウム海洋排水の政府プロパガンダに悪乗りして騒いでいる人たちが忘れている(意図的に無視している)ことがらは「すでに事故直後、莫大な量の放射性物質が太平洋を中心とした世界中に(国際問題!)ばらまかれた」ことである。その量は、137Csセシウムと 131Iヨウ素が主であるが、UNSCEARレポート*1(下記にpdfを引用)によると、世界各国の通常運転原発が現在海洋放出しているトリチウムの量の約千倍以上(テラベクレル: TBq=1012BqとペタベクレルPBq=1015Bq)に当たる。ここではUNSCEARレポート内の2つの表を上に示す:
またその海洋での拡散範囲は、既にカナダ、アメリカ沿岸を含む太平洋全域にわたる。このことは、IAEA Report*2(下記にpdfを引用)に掲載の、太平洋海流に乗って拡散する137Csの幾つかのシミュレーション(1例を下に示す)からも明らかである(前記事の海流図とも対応)。筆者が指摘しているように、日本以外の通常原発から出されている放射性物質の量はほとんど無視できるのである。この比較を述べずに放出されるトリチウムの量だけを比較して、日本の海洋放出にコメントする韓国や中国を名指しして批判したり、国内の放出反対の人々を「国賊」とでも言わん限りに罵倒するのは巧妙な問題隠し・問題のすり替えに他ならない。
*1 正式名称はSOURCES, EFFECTS AND RISKS OF IONIZING RADIATION UNSCEAR (United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation) 2020/2021 Report
電離放射線の線源、影響およびリスク 原子放射線の影響に関する国連科学委員会 UNSCEAR 2020年/2021年 国連総会報告書,
Volume II SCIENTIFIC ANNEX B: Levels and effects of radiation exposure due to the accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station: implications of information published since the UNSCEAR 2013 Report
第 II 巻 科学的附属書B 福島第一原子力発電所における事故による放射 線被ばくのレベルと影響:UNSCEAR2013年報 告書刊行後に発表された情報の影響 December 2021
日本語版pdf : UNSCEAR report 2020/2021
*2 The Fukushima Daiichi Accident Report by the Director General, by IAEA (International Atomic Energy Agency) 2015
pdf(英語): IAEA report 2015