書評 「ALPS水・海洋排水の12のウソ」烏賀陽弘道 著 2023年11月4日 第1版第一刷 三和書籍 (3)②「海洋排水しか処理方法は無い」について

書評 「ALPS水・海洋排水の12のウソ」烏賀陽弘道 著 2023年11月4日 第1版第一刷 三和書籍

(3)②「海洋排水しか処理方法は無い」について

*少なくとも他に2つの方法

本書でも最も重要と言えるこのウソ②であるが、投稿者も汚染水の処理方法が議論され、決められている過程で幾つかの「案」が検討されたことは知っている(ALPS小委員会の問題点、後述)。本書では、これらの内、「海洋排水」と比較され、のちに棄却された他の二つの案について述べている。

ひとつは「自然蒸発」と言われるもので、本書でも再三記述があるように、これはアメリカのスリーマイル島原発事故(1979年)で出た汚染水の処理で実際に使われた方法である。本書によると、実際には9千トンの汚染水を「自然蒸発」させ、タンクの底に溜った放射性物質のヘドロを別のタンクに移し替えて固形化し、高レベル廃棄物として、毒性が消えるまで人間から隔離して保存するというものである。この廃棄物は、現在同原発(ペンシルベニア州)からハンフォードサイト(西海岸ワシントン州)という場所まで運ばれて(地中に?)保管されている。

もうひとつは「コンクリート固化」という方法で、汚染水にセメントを流し込んで固体にするというものである。筆者はこの方法が不採用であったことについての大きな疑問を述べている。即ち、実は、福島第一原発から10キロメートル南の富岡町に、セメントを流し込んで固体化するというプラント(セメント固形化処理施設(注1)、その情報公開を担う特定廃棄物埋立情報館の名前がリプルンふくしま(注2)。毎日係員の方がコンクリート固化について説明してくれるらしい)が既に稼働してという。立派で大規模な施設(以下は注1の施設のHPから引用)が既にあるのにどうして使わなかったのか!

(注1)https://shiteihaiki.env.go.jp/tokuteihaiki_umetate_fukushima/cement_solidification_plant/

平成31(2019)年1月から稼働。活動は令和6(2024)年10月で終了し、現在は解体撤去中という説明有り。今後も廃炉過程などで出てくる汚染機材や汚染物処理はどうするのか気になる。汚染水処理に「海洋排水」という結論を出し放出を開始したので、代替法として目立たぬように敢えて終了させたとか?

(注2)https://shiteihaiki.env.go.jp/tokuteihaiki_umetate_fukushima/reprun/

*この3つの方法の内、「海洋排水」を選んだ理由は結局何だったのか?

これらの方法のコスト面を中心とした比較が本書には述べられている(p. 37、表:経産省による汚染水処理のコスト見積)。これを要約すると(p38、39)

海洋放出: 工期7年7月、監視不要、費用34億円、規模400 m2

水蒸気放出:工期10年、監視不要、費用1000億円、規模2000 m2

固体化:  工期8年2月、監視76年、費用2431億円、規模285,000 m2

これをみると結局はコストだったのか?と推測したくなるが、事故の賠償や廃炉の費用など事故後50年以上にわたってかかる数兆円になる費用を考えると(東電は既に国有化されているので、すべて税金であることに注意)、ここでわずかな費用を惜しんで「節約しました」と国内世論に対し体面を取り繕うより、国際的な最低限の「評価」を維持することの方がよっぽど長期的に有用であった気がする。国際世論に対する国家的な信頼を失墜させる愚かな行為は何としても避けるべきであったと投稿者も思う。

この「海洋排水」が議論され、決定された組織は原子力規制委員会(経産省から独立した組織)ではなく、何故か経産省が事務局になった「ALPS小委員会」というもので、その組織された経緯を考えると経産省が意図した結論への誘導がなされた疑いが濃厚である(経産省自体が利害当事者=ステークホルダーなのに!)。その委員の構成(本書p34-35)を見てもこの推測はかなり的を得ていて、2016年11月から2020年1月という実質3年の拙速な議論の中で、結局不明快かつ根拠のない理由で「海洋排水しか選択肢無し」という結論が出されてしまう。

*なぜTMIとチェルノブイリでは海洋排水ではない他の方法を採用したのか?

この図は、注2)リプルン施設の概要説明ページからダウンロードできる環境省資料のひとつ、「学んで、考えてみよう 放射線と放射性物質対策のこと(中学生以上向け)」http://byncw2019.info/wpcontent/uploads/2025/06/slide_josen_01_2302.pdfの7ページに掲載されている。

ちなみに、77京(770,000兆)ベクレル(Bq)とは7.7×1015 Bq = 7.7 PBq(ペタベクレル)であり、前記事の表の中の、事故直後の放射性物質の全放出量推定値と大体一致する。幾らチェルノブイリより少ないと主張しても、人類初の試みとして今後も30年にわたって海洋に放出し続ける放射性物質の影響は本当に無視できるのだろうか?

TMIでは、9,000トンの汚染水に対し「自然蒸発」が選択されている。近くの河川を通じて海洋に放出することもできたがそれは厳密に忌避された。また、冷戦時代に核兵器を作っていた工場があるサバンナリバーサイトでは、原子炉の汚染水がそのまま放置されていて、この処理に際してアメリカエネルギー省では、その汚染水にセメントをぶち込んでコンクリート固化するという方法を選んでいる。この結果放射性物質は陸上に留めおかれた。チェルノブイリ事故のときは、汚染水は陸上で処理されているが、多くの汚染物質が大気に放出・拡散され、空気中からドニエプル川、湖、及び黒海に降り注いで汚染が広がった。即ちこれまでの2度の大事故の際も、汚染水をわざわざ意図的に河川や海洋に放出するという愚かな選択はあくまで避けてきたということになる。

これは、ある意味世界中のコンセンサスとして、原発事故の際に守るべき防御の三鉄則、すなわち①核分裂反応を「止める」、②核燃料を「冷やす」、③放射性物質を「閉じ込める」が認識され、とりわけ③が順守されてきたことによる。

今回の「海洋排水」は、筆者も指摘するように、今まで世界で尊重されてきた原発事故の世界的拡散を抑制するための三鉄則をあえて意図的に破る世界で前例のない悪手!と言える。しかもその正当化のため、トリチウム排水(次の記事で詳しく取り扱う)に含まれるトリチウム濃度のみに矮小化した世界比較を行うという(問題をすり替えた滅茶苦茶な)議論を強行して本質をごまかそうとしたのである。残念ながら、マスコミ、科学者、一般大衆も、政府による世論操作に騙され、諸外国からの懸念(「環境中に放出した後どうなるかは、経験値が存在しない」という「前人未踏のこと」、「人類初の試み」をなぜやるのか?)に被害者意識を持って感情的にしか対処できない状況に誘導されてしまったことは大いに反省すべきであろう。どうして学術会議を含む科学者が冷静かつ世論を逆に説得するような反論が出来なかったのか?これは、私にとっても大いなる反省・総括点であり、今後も訴え続けないといけない論点であると考える。