本の紹介(1)

紹介したい本は以下の2冊である。

  • 核実験地に住む アケルケ・スルタノヴァ 花伝社 ¥2,000+税
  • セミパラチンスク 草原の民・核汚染の50 森住 卓 高文研 ¥2,000+税

著作1:核実験地に住む アケルケ・スルタノヴァ

 書名から想像できるように、これら2冊の本は、中央アジアに位置する旧ソビエト連邦の核実験場の一つであるセミパラチンスク(現在のカザフスタン共和国*1の東北部)における第2次大戦直後から始まった永年にわたる数多くの核実験による大規模な被爆・核被害を扱ったものである。

 著作1)は昨年に出版された比較的新しい書籍で、その中身は第1部 セミパラチンスクでのフィールドワークから、第2部 「正史」としてのセミパラチンスク核実験場で構成されており、第1部はさらに5つの章、セミパラチンスクにおけるソ連の核実験、「正史」が語ること、隠すこと、住民の証言の中の被ばく、「実験台」としての住民、治療なしの診察・入院、インタビューを振り返って、を含む。この構成を見ると、「論文のようだね」という印象を持たれる方も多いと思われるが、本書は正に、セミパラチンスク出身の筆者(アケルケ・スルタノヴァ Akerke SULTANOVA)さんが、日本の大学で執筆した修士論文をベースに生み出された著作なのである。「論文」とは言っても、内容は多岐に渡った臨場感あるルポルタージュになっており、筆者の日本語の学習成果が反映され、文章は平易で読みやすくごく普通の日本人にとっても容易に読了できるものとなっている。

 本書の重要な特色は、筆者が現地の出身者であることを十二分に活かした、これまで殆ど記録が無いと思われる、様々な性別、年齢の男女への大規模な聞き取り調査の報告でもある点であろう。核実験(この実験場では1949-1989の40年間に456回行われた!)の様々な(住民の健康面に留まらず、農業や牧畜産業の面における)被害は、四国に匹敵するような広い範囲に及び約200万人が被爆したにも拘らず、旧ソ連時代には語ることは事実上タブーで、健康調査や医療サービスについてもその結果の多くは個人的にも社会統計的にも明らかにされることは殆どなく、秘密裏に進められた。このように、極めて不十分ないわゆる「正史」しか存在しない状況に対し、1990年代以降とはいえ、系統的な聞き取り調査により、極めて深刻な核被害者となっていた当事者の生の声を記録しているのは極めて大きい意義をもつと考えられる。

 またこのような著作が世に出るにあたり、幸いにも、筆者の高校生の時の広島への留学経験をきっかけとし今日まで永年培われてきた、日本との様々な関係が多少なりとも貢献しているらしい点にも注意すべきである。

 2度の原爆被害と福島原発事故を経験した私たちがなすべきことは、重厚長大産業の生き残りのための時代遅れの国策原発輸出などではなく(既に殆ど頓挫しているが)、これまでの医療面、被害調査面での膨大な蓄積や、福島での失敗した事故対応経験などを隠蔽することなく世界に発信し、同様の問題に悩む多くの世界の人々に貢献することでは無いだろうか?本書は、核に関してわれわれが今後進むべき民間国際協力の方向性をも示唆しているように思われる。

著作2:セミパラチンスク 草原の民・核汚染の50 森住 卓

  著作2)は、1951年生まれのフォトジャーナリスト 森住 卓(たかし)氏の著作で、複数の章を受賞したセミパラチンスクに関する最初の著作「旧ソ連セミパラチンスク核実験場の村—−被爆者のさけび」1995年自費出版、に続くものである。内容は、文章部分こそカザフスタン共和国の紹介と「それは祖国への核戦争だった――草原に核汚染の現実を追って」というルポルタージュという形式を取っているが、容易に想像できるように、文章に併せて掲載されている多くの圧倒的なヴィジュアル=写真こそ本書の一大特色である。その中には、カザフスタンの自然、人々の生活に加え、被爆によると思われる動物の奇形や幼児・子どもの様々な身体的症状が記録されている。この意味で、正に著書1)を的確に補足するものとなっている。われわれはこれらに眼を背けずしっかりと対峙する必要がある。そして、これらの、特に想像を越えた健康被害について「あれは命令されたことをやった結果にすぎない」、「核実験との因果関係は証明されていない」などと言っている旧ソ連の様々な人々を許して良いのであろうかということである。少なくとも共産党、軍の官僚や全てのデータを持ち去り未だ殆ど公開していない現ロシアの官僚は直ちにデータを公開し、核実験・健康被害調査の全貌を明らかにし、(因果関係究明はともかくとして)残された被害者の救済を始めるべきであろう。そして、われわれ日本人も被爆国でかつフクシマを生み出してしまった存在として、彼らへの支援連帯行動に微力でも参加すべきではないだろうか?

*1 ロシア連邦の南、中国の西に隣接しており、旧ソ連邦時代には連邦の1構成国カザフ・ソビエト社会主義共和国であったが、ソ連崩壊にともない1991年12月に独立した。